天使捕獲作戦 / ほがり仰夜さん

 観測記録――午後二時、天使を目視した。天使探索を試みて、実に一ヶ月後の成果である。

 現在の雇い主である古物屋の要望により、可能な限り接近して精緻な観察を試み、あわよくば捕獲せよとのお達しである。

「天使の肉にはあらゆる病を癒す効能があるんだ」

 群衆の好みそうな爽やかな青年の姿に化けて、くたびれた黒猫は気だるげに語る。いや、と首を傾げると。

「不老不死だっけな。他人を言いなりに出来るとか? それとも単純に味が良いんだっけな」

 ぱらぱらと手元の年代記を探りながら正解を探していたが、結局依頼主である化け猫はぽいと本を放り投げた。

「万病平癒だの、不老不死だの服従だのは俺にはてんで魅力のない話だから忘れちまったよ。なんにせよ買い手がいるんだ。仕入れない手は無い。へまをするな、執事。これは金になる話なんだ」

 金の瞳が凄みながら念を押す。イエッサー。任せておいてくださいという意を込めて敬礼をすると、古物屋は小さく鼻を鳴らして顔を背けた後、再びまじまじと目を向けて来た。

「……ところで執事。お前、まさかその、大層得意そうに握り締めてる貧相な網で天使を捕まえるつもりじゃねえだろうな?」

 

 そして、ありとあらゆる国の罵声をバリエーション豊かに浴びせられてから、虫捕り網は没収されてしまった。確かに、方々で信仰を集める御使いを子供の玩具で捕まえようとするのは不敬である。過去にこの【相棒】と共にハチドリやカワセミを生け捕りにした事があるという経験を熱心にアピールしたが、古物屋の心には響かなかったようだ。

 

 観光都市のアーケードから少し離れた緑地で、天使は気持ちよさそうに飛んでいた。飛行というより、あれは浮遊と言うべきだろうか。干したての布団に寝そべって堪能しているような安らかさだった。時折翼をはためかせる他に動的部位は見られず、無防備に風へ任せている両手足からは力が抜けていた。

 周囲には都合よく人の目も無い。よし、今だ。がさがさと身を屈めていた草むらから姿を見せても、天使は相変わらず半分眠っているような様子で宙に浮かんでいた。

 さて。この対象とは言語的意思疎通が可能であろうか。――多分無理だなと直感した。知能、文明レベルの問題ではない。そもそも、相手はこちらへ一切の注意を払っていない。言葉を交わす以前の話である、あちらにこちらが見えていない可能性だって考慮せねばならない。天使にとって、自分は透明人間でしかないとしたら? もちろん、コミュニケーションを取るのは難しくなるだろう。

 微睡んでいた天使が、ふっと薄目を開いた。そして、唐突にこっちを見る。これは、予想外だ。いつ気取っていたのだろう。思わず、お互いに顔を見合わせてしまった。

 いや、怪しい者ではないんです、本当です。――自分で言っていてとても嘘くさい、そして事実嘘である。

 天使は無垢な瞳をぱちぱちと瞬かせて、こちらの出方を窺っている。すぐさま飛び去ってしまうような事はなかった。

 それで。どうやって捕まえればいいのだろうか。ただの子供だったら、あるいは女性だったら、中年の男性だったら――ともかく、日常的に親しんだ人間相手であるなら、拘束手段はいくらでもあるのだが。ロープで縛ってもするりと抜け出しそうな気がする。その前に、これ以上高度を上げられてそのまま移動されたら成す術はない。こっちは飛べないのだ。

 視線は逸らさぬまま、ベストのポケットへ入れていた小型の発信機を握り込む。捕まえられそうになかったら、せめてこれを天使にくっつけろ、との指令を思い出したのだ。

 今回の機会を逃したら、次どこに現れるかわからないのだ。

 見つめ合っている以上、このまま相手の体に仕込むのは不可能である。試しに、あっと小さく声を上げて後ろを指さしてみたが、天使は微動だにしなかった。自分が少し恥ずかしい思いをしただけだった。

 仕方なく、足元にちらりと視線をやると、ころんと愛らしい木の実があった。実が詰まっているらしく拾い上げると適度に重みもあり、滑らかな表面はよく磨かれた石のように美しい。

 これだ。砂埃を払うふりをして強力な粘着性を有する小型の発信機を、木の実の見え辛い部分に貼り付ける。

 その上で、はい、とこちらを凝視している天使に差し出した。首を傾げた相手は手の中のものを覗き込む。

 あなたにあげます。

 筆談を交えつつジェスチャーも盛り込んで告げると、暫くの間の後、相手は嬉しそうにそれへ手を伸ばした。

 こんなにすてきなもの見たことない、うれしい、うれしい。

 多分、そういうような事を伝えたいらしい天使は、最初の眠たげな様子とは打って変わって活発に宙を泳ぐ。

『これで、あなたとわたしは、おともだちですね?』

 それなら話は早い。このままついてきてくれるに越した事はない。天使は無邪気に頷いて、なにか重大な事実へ気づいた様子でぴたりと止まった。

 なにもあげられない。

 天使は困惑しながらそう告げて来た。友人関係の記念に、素敵な品を贈り合うのが普通だと学習したらしい。実際、発信機を渡すための方便でもあるのだから、気にしなくていいと伝えようとしたのだが――。

 それより早く、名案を思いついたらしい天使は、大切そうに持っていた木の実を手渡してきた。

 反射的に受け取ってしまった自分も自分である。

 いや、これは貴方に差し上げたものですから、と手帳へ書くより先に、天使はつむじ風に乗って姿を消していた。

 

 

「……それで? 俺が必死こいて発信機の信号を追っかけた先で、お前が優雅にティータイムの準備をしてた理由はそれか?」

『友人からの贈り物を肌身離さず持っておりましたので』

「馬鹿野郎。例の木の実をポケットに入れたまま忘れてただけだろうが」

『そうとも言えます』

「そうとしか言えねえんだよ」

『しかし、古物屋様。世の中には手に入れられない美しさ、暴かない方が値打ちのある秘密もございます』

「そりゃああるさ。例えば美術館に展示されてる値打ちものの絵画、奇術師の秘蔵トリック。けど、そういうもんは手に入らない。手に入れられないからこそ、俺達商売人にはなにも価値がねえのさ。いいか、執事。俺は商売をしてるんだぜ。価値ものを愛でたりすんのは別の業界人の仕事さね。価値のあるもんを金に換える。それが俺の仕事だ」

『かしこまりました。肝に銘じておきましょう』

「言いながらお前、さっきからスコーンの焼き加減を検分すんのに熱心で俺の話をちっとも聞いちゃいなかっただろうが」

『では、ややこしいので発信機はお返しします、ミスター』

「……その木の実は?」

『これですか? 私が大事に取っておきます』

『なにせ私にとって大変価値のあるものですが、お金には換えられませんので』

 

 

 創作サイト『巣鳥館』開設5周年企画

 コラボSS『天使捕獲任務』

 ククルダクさん(原作者 ほがり仰夜さん)