心臓の落とし物 / ほがり仰夜さん

 頭上に巨大な疑問符が浮遊している。これは何ぞと尋ねたくとも、リピアは今たった一人だった。

 

 一息つこうとシェミネが提案した、スイが居心地の良さそうな木陰をみつけた。

 ならばリピアは、美味しいおやつの支度が整うまで周囲を探検するのが任務だ。両側に広がる原野、それを貫く一本道が現在位置だから、そうそう興味をそそられる脇道などありはしないのだが――。

 いや、見当たらないなら見出してしまえばいい。それっと身軽に一本道から野原に降り立つ。青々とした草が背高く伸びる中を分け入りながら、その内にリピアはなんだか楽しくなってしまった。行けども緑、仰げば青空。景色はけして約束を破らない、親しみ深い色で彼女を迎えてくれていた。

 そうしてずんずん進んだ先に、森のひとは不思議なものをみつけた。

 『それ』を硝子ではなく、石かと判じたのは、それだけ自然の営みに親しんでいるからだろう。この場に第三者が居れば、人が腰かけられるほどの大きさを誇りながら、内部に亀裂も曇りも見られない、透明度の高い物体を石とは定義しなかったかもしれない。

 ただ、リピアは石だと思った。つるつる、すべすべしていて、真っ赤に輝く紅玉。これだけ大きなものがどうして突然、原の只中に現れたのだろう。

 頭に疑問符を浮かべながら近づいて、よくよく観察をする。見ればその赤い石は草を下敷きにして鎮座している。潰されている植物はまだ青く、瑞々しく見えた。つまり、この石の出現はまだ最近の事なのだ。

「……ん?」

 口元に手をやって見下ろしていたリピアは、ふと、視界を翳らす不自然な影に顔を上げた。見上げれば空、しかし、視界の端に何か――黒いものが映っていないだろうか。

 畏れ知らずの彼女は手を伸ばし、むんずとそれを掴んだ。視線の高さまで引き寄せると、それはなんと巨大なハテナマークだった。

「ははあ、これもまた変わった石だこと」

 両手で振ってみても、手触りはしっかりとしていて堅牢なのに、綿のように軽い。新しい鉱石か? この地上では日夜、様々な新参者が登場している。

「あ! もしかして、食べたらおいしいかも?」

 ぴんと思いついてその黒い疑問符を掲げると、リピアの声に呼応して曲がっていた上の部分が真っ直ぐになり、今度は感嘆符になった。生きているのか。生きているんだったら、食べるのにはまず息の根を止めなくっちゃならないが。

 再びじっと観察に徹していると、背後からさくさく草を掻き分ける音が聞こえた。リピア、と名を呼ぶ涼やかな声に振り返る。

「どこまで行っちゃったのかと。足跡が残っていて良かったけど……わあ、それ何?」

「スイ、これはすごいぞ。形が変わるんだ。あと、あれ。真っ赤な石」

「石……?」

 首を捻る青年の頭上には今のところ何の記号も出現しない。これは特別製なのかもしれないぞ、魔法の一種かな。

 リピアが嬉々として感嘆符を眺めまわしている間、スイは膝をついて赤い石の腰掛を観察していた。丸っこい形、頂点に二つ山を成した造形。

「これは、ひょっとして心臓かな」

「心臓~?」

「もっと可愛らしい表現をするなら、ハートマーク」

 ぱっと手を放して感嘆符を解放すると、それは再びリピアの頭上へ戻った。彼女が歩くと付いてくる。よしよし、良い子だ。

 巨大なハートは太陽光に輝き、照らされた反射でスイの頬が赤みを帯びているように見える。隣に並んだリピアも同じく。心臓は燃えるような色彩に反し、触れるとひんやり冷たかった。

「誰の落とし物だろうねえ。心臓を落っことしたら一大事じゃない? スイのはちゃんと胸にあるかい」

「勿論、この通りさ」

 手招きに応じて、掌を彼の胸に宛がう。規則正しい心音に、リピアは一定のリズムで風に靡く森の葉を思い出して微笑んだ。

「うん、宜しい。大変元気な心臓じゃ」

「君の太鼓判を貰えて誇らしい限り」

 笑い返すスイの頭上を見て、リピアは思わず小さく歓声をあげた。

「今度は顔が出た!」

「ええ?」

「にっこり笑っているなあ。……つまり、ここにいると感情というものが目に見えるようになるっていうこと?」

「それは便利なんだか、不便なんだか……」

「隠し事はまずできなくなる」

「元々、俺は隠し事が得意じゃないんだけど」

「頭の上のマークが照れ始めた。いいなあ、これ、わかりやすくって」

 一頻り突如出現したマークの応酬で楽しんでいた二人だが、ずっとここに居る訳にもいかない。彼らの旅はまだ途中だからだ。それに、待たせてしまっている仲間もいる。スイがここへ辿り着いたのだって、リピアを呼び戻すためだった。

 そろそろと頃合いを悟って歩き出すと、名残を惜しむように頭上の印がゆっくりと薄れていく。柔らかな光を当てられた影を思わせる緩慢さだったが、やがて綺麗さっぱり消えた。

 

「後でシェミネにも見せてみよう?」

 興奮冷めやらぬ口調でリピアが口にすると、スイ青年はどこか遠くを見る眼差しを細めて淡く微笑んだ。

「いいよ。……でも、こういうのは大抵、後々になると見つけられなかったりするのがお約束なんだが」

 果たして、その予言は的中した。木陰で十分な休息を取った後、リピアが先頭に立って草原を探したのだが、結局日が傾き始める頃になっても、遂にその不思議な石が見つかる事は無かったのだった。

 

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出演:リピアさん&スイさん

原作:しあわせのみつば

「この世に無駄な寄り道は一つもないのだ」

 

Twitterにて、原作者のほがりさんにイメージイラストを描いて頂きました…!

道を外れて不思議な心臓をみつけるリピアさん、頭上に現れる記号に興味津々なリピアさん、スイさんのご登場、心臓の音の確かめあいっこ…!一枚の絵に凝縮された一連の流れが生き生きと、なんて愛おしい場面なんでしょうか。夢に見た光景が、まるで現実になったような心地です。

ほがりさん、掲載許可をくださりどうも有難うございました!

2018.08/24